2024/04/25 |
今年の節分、如月は三日の土曜日、 武蔵小山の古本屋店主、亀さんこと亀谷三郎は、 埼玉の不動産屋、神岡浩二に招待され、 大宮の北、桶川まで来ていた。 長年フリーターだった浩二の息子、正夫、40才に、 昨年、亀さんが、大企業時代のコネで定職を世話した。 紹介した職場の試用期間が無事に過ぎて 年度が改まった4月から正式採用され、 その定職紹介へのお礼だった。 桶川の辺りには、荒川や、利根川の上流が流れていて 鮎や鯉、鰻が獲れ、美味い川魚料理屋が幾つかある。 その一つで、川魚料理を亀さんはご馳走になった。 食事後、旧中山道沿いの桶川の旧い街を観光して 『家で二次会はどうです? 節分のお祝いも兼ねて…』 と誘われ、浩二所有の桶川の駅前マンションに寄った。 ! (@@) 駅前マンションに着くと、 オートロックの共用入り口には、 フワフワの暖かなオーバに身を包んだハジメが居た。 『お~、待たせたか?』 浩二がハジメに尋ねる。 「イエ、今、着いたばかりですから…」 応えたハジメは、 浩二の後ろに立つバイト先の店主、亀さんに気付き、 「あっ、だんな様! こんにちは…今年も…」 驚いたが、慌てて新年の挨拶を始めた。 店主へ 【だんな様】 と、時代がかった呼びかけは、 亀さんがハジメを採用する時に言い渡した事で、 他にも色々不思議な決まり事のある古本屋だ。 数年前、77才の喜寿を超えた亀さんが、 大企業の重役を辞した後、頼まれて面倒をみている。 今年の1月、古本店は改装工事で休みだったので、 バイトのハジメが店主の亀さんに遭うのは 年が改まってから初めての事だった。 何食わぬ顔で新年の挨拶をするハジメだったが、 その日着て来た自分の衣装の事を想い出し、 汗がツ~っと一滴、背中を流れ落ちていった。 3人揃ってエレベータで9階まで上がり 浩二所有の住居の玄関を開けると、 奥の居間の外、ベランダ側から 『オニハ~~ ソト!』 の掛け声が聞こえて来た。 『他の部屋でも豆撒きだねぇ?』 亀さんが呟き、 『ウン、節分だから豆が用意してあります。 酒盛りを始める前に我々も豆撒きは?』 浩二が応え、狭い廊下を通って居間へと向かう。 料理屋から一足先に帰っていた正夫が 居間の手前の台所から、廊下に顔を出して、 『おやじぃ、酒と料理屋で貰った折詰の摘まみ、 居間のテーブルに用意しておいたよ、 あれ?』 亀さんの後ろに立っているハジメに気付いて 『エッと? 前に会ったよな? う~ん、名前は?』 「ハジメと申します、正夫さま、 ご無沙汰しております」 と、ハジメが、丁寧に、お辞儀をして挨拶する。 『そうだ、ハジメだったな? 何年ぶりだ?』 親子ほども年上のハジメに対して、 乱暴な溜口で問いかける正夫だ。 正業に就いても地は簡単には直らないようだ。 「お会いしたのは、コロナの前ですから 四年ぐらい前でしょうか? この度は、ご就職おめでとうございます。」 『ウン、亀谷さんには、去年、大変世話になった。 亀谷さん、この度は本当に有難うございました』 殊勝に、亀さんに再度、お礼を言う正夫だった。 居間のテーブルに先に着いていた浩二が 『亀谷さん、こちらへどうぞ』 壁を背にする主賓の席を勧める。 正面は隣の座敷へと通ずる襖だった。 『じゃぁ、俺たちは、こっちだ。』 正夫が言って、廊下側の長椅子に座り、 隣を少し開けて、ハジメに座るように勧めた。 ハジメがオーバを着たまま、席に着こうとすると 『暑いだろう? 座敷に掛けとけばイイ』 と、正夫はハジメが座るのを止めて、 座敷との境の襖を少し開けてみせる。 「でも、これを脱ぐ…と。。。」 凍り付いたように立ち竦むハジメだった。 ハジメが今日、大宮の先、桶川まで来たのは、 昨夜、浩二から電話で、『明日、桶川に来い』 と、有無を言わさぬ命令口調で呼び出されたから。 そして、夜遅くの呼び出しの電話を 『いつも遭う時のように、あそこは掃除して、な。 寒いから、あのフワフワオーバで来るんだろうが、 オーバの中は、分かってるな!』 浩二は意味深な言葉で締め括った。 で、今日、ハジメはその言葉通りにしてきた… だから、オーバを脱ぐと… ! 《続く》 |