北南さんの投稿小説

 ある凡人の生涯

 第三章 青年会

 [6] 和尚の教え

主な登場人物
2024/04/24



イツ子のことを思うとついホロっとしてしまうのじゃが、30を過ぎたば

かりのしたい盛りの男にとって、空閨を守るという生活は耐えがたかった。

日々の目覚めの激しい朝勃ちは、手慰み程度では抑えようもなく、年頃の

女を見ると、いつとはなしにふくよかな胸を通り越して、目は下腹部を追

い求めていた。

 

眼を閉じるとイツ子の女陰が浮かび上がり、夢精の回数も増えてきて、わ

しの精神状態はおかしくなってきたようじゃった。

 

 

そんなわしに気が付いたのは従兄の剛雄兄じゃった。ただ彼は妻帯後独立

して隣り町に住ん居ったから、この悩みを仲人の和尚様に持ち込んだ。

和尚の答えは簡単じゃった。

「そんなにやりたかったら再婚したらどうじゃ」

 

とたんに剛雄兄の顔色が変わった。

「先生!だめです。わしは市兵衛の子のタマ子と市太郎にわしの兄貴の子

のようなみじめな思いをさせたくありません」

「なんでじゃ?」

「後妻は自分の子を溺愛するからです」

 

「フーム、よし分かった総代に頼んで市兵衛を書記にしてもらうぞ」

「なんで?」

「百姓仕事と書記の仕事をやっとれば、忙しすぎて性欲なんか吹っ飛んで

しまうわい」

その一言でわしは村の書記になって村役の勉強をさせられたんじや。

青年会のメンバーたちは『何故、市兵衛が書記を?』といぶかしがった。

 

書記の仕事はわしの性分に合っておったかもしれん。わしは真剣にその仕

事に取り組んだのでせんずりの頻度も少なくなり、落ち着いた日々をすご

すようになった。

 

忘れもせぬ。イツ子の17回忌の日じゃった。法事が終わった後、和尚様

(
オッサマ)がわしらふたりを庫裡に呼びつけて諭してくれたんじゃ。

「剛雄聞いてくれ、市兵衛はわしの指示に従ってよく村の仕事を覚えてく

れた。これからはこの村の繁栄のために活躍してもらいながら余生を楽し

むんじゃ。

ところで、おまえらは衆道という言葉を知っとるか?男の道は良いもんじ

ゃぞ」

 

 

「衆道(シュドウ)?」

「そうじゃ、剛雄は真面目人間じゃから知らなんだかものう。男色とも言

われとるが、男と男が好きあって男と女が愛し合うように結ばれることじ

ゃ。お前らの祖父様
(ジイサマ)に当たる徳次郎さと寅之助さの仲は知らぬもの

がないくらいの関係じゃったわい」

「ふーん!」

 

「おいおい剛雄!そんなことも知らんのかい?驚きじゃのう、わしゃお前

らが好きあっていると思ったから、そろそろ始めてもいいころじゃと思っ

て口火を切ってやったんじゃ。

ところで市兵衛、お前はさっきから何も言わんけどお前はどうなんじゃ。

衆道のことは知っとるんか?」

「うん、少しはね」

 

「そなたは剛雄兄が好きなんじゃろう?剛雄はどうじゃ、市兵衛を好いと

るんじゃろう?」

「……!」

「なんじゃ、二人とも赤くなり居って……。よーし、わしがお前らを結び

付けてやろう。じゃが好きあっている者同士がどうすればいいかは、わし

が手を取って教えるわけにもいかんのう……」

 

「……?」

「そうじゃ、良いことがある。当山の庫裡の奥の秘密の書庫に、男色の色

草子があったわい。あれは見事に描けているのう。あれを貸してやるから

見てごらん。よう判る筈じゃ。

ただし、貴重な資料じゃから昂奮して雄汁を飛ばして汚してはならんぞ!

わっはつは!」

 

「……?」

「市兵衛さっそく貸してやるから、明日の晩剛雄を呼んでふたりで一緒に

見るんじゃ。良いかふたりが一緒に見るんしゃぞ。

見終わったら一緒に風呂へ入るんじゃ。一緒にじゃぞ。へへへへっ」

 

 

成るように成ったわいのう。

ちょっとグジグジしている剛雄兄がウケることになったのは自然の成り行

きだったわい。

あれから死ぬまでの約30年も続いたんじゃ。良か人生を送らせてもらっ

たのう。わしらにとって渋井憲徳住職は忘れることのできぬ恩師じゃった

わい。

 

                           (つづく)






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